ソクラテスの思い出
『 ソクラテスの思い出 』
クセノポン
紀元前4世紀
古代ギリシア・ローマ哲学

名著の概要

ジャンル

[ "哲学", "西洋哲学", "古代ギリシア・ローマ哲学" ]

テーマ

ソクラテスの人と思想 正しさとは何か

概要

クセノポンの著作で、師のソクラテスに関する根本文献でもあり、その哲学活動に関し最も長い記述がある。

目次

内容

内容的には、以下のように4分割できる。最初の第一部においてソクラテスへの非難に対する直接的な弁明を行う。第二部以降では、ソクラテスが弟子や友人・ライバル・および有名なギリシャ人と行った対話を集めた内容。 導入 - 他者(プラトン等)の『弁明』が、ソクラテス自身の「死への願望」について、十分明示してないことの指摘。【1節】 裁判前 - ヘルモゲネスから聞いた、ソクラテスの裁判前の言動。 【2節-9節】 裁判中 - ヘルモゲネスから聞いた、ソクラテスの裁判中の言動。 【10節-22節】 裁判後 - ヘルモゲネスから聞いた、ソクラテスの裁判後の言動。 【23節-34節】 導入: 1. 他者(プラトン等)の『弁明』が、ソクラテス自身の「死への願望」について、十分明示してないこと、そしてそのせいで、ソクラテスの法廷での「大言壮語」が、単に「思慮を欠いたもの」に見られてしまうことへの懸念。 裁判前: 2. ヘルモゲネスによる報告によれは、ソクラテスの「大言壮語」には、ふさわしい理由があった。ヘルモゲネスは、ソクラテスが裁判のことを気にせず、他のあらゆる事柄について問答しているのを見て、 3. 「裁判において何と弁明するか考えておくべきでは」と問うたが、ソクラテスは「自分はこれまで不正なことをせずに一生を過ごしてきたのであり、それこそが弁明についての最良の練習だと考える」と答えた。 4. ヘルモゲネスが「アテナイ人の法廷では、(法廷弁論術・法廷戦術などよる)印象操作によって、しばしば無実の者が死刑にされたり、逆に不正な者が釈放されたりしている」と指摘すると、ソクラテスは「既に2度も弁明について考えようと試みたが、例のダイモニオンが反対する」と答えた。 5. ヘルモゲネスが(「ダイモニオンが弁明を考えることに反対する」とは)驚くべきことだと反応すると、ソクラテスは「自分はもう神にも、死ぬ方が良いと思われているのかも知れない。自分は世の中の誰よりも「善く生きてきた」ことを自認しているし、全生涯を敬虔に正しく(そしてそれ故に快く)生きてきたことは仲間たちも認めるところだが、 6. このまま老齢化が進めば、視力は落ち、耳は聞こえにくくなり、物分かりは悪くなり、学んだことは忘れやすくなるし、そうした衰えを自分自身が感じ、自分を責めるようになれば、どうして快く生きることができるだろう」と答えた。 7. さらにソクラテスは「神も好意から、自分が年齢的にちょうどいい時期(現在)に生を終わらせること、それもできるだけ楽に終わらせることを、お許しになっているのだろう。なぜなら、もし今自分に有罪(死刑)判決が下されるなら、死刑執行人が最も楽だと考える方法(毒ニンジン)で、近親者にも面倒がかからずに、しかも(老齢に蝕まれる前に「健康な体と、優しい気持ちを示せる魂のまま死にゆく」という)愛慕の気持ちを最も喚起する形で死ぬことができるからだ。 8. 老齢こそは、「喜びを欠いた厄介なことの全てが一緒に流れ込むところ」であり、そうした老齢や病に苦しみながら生き長らえるために、あらゆる手段を尽くして無罪放免を勝ち取ろうとすることに、ダイモニオンが反対したのは正当だった。 9. 自分は老齢を望まないし、その悪い生を獲得するために自由人らしくない仕方で死刑以外を願い求めるくらいなら、裁判官たちの気分を害して死刑になろうとも、自分が神々や人間から得たと考える「立派なこと」と、「自分が自分自身に対して持っている考え」を(正直・率直に)示すだろう」と述べた。 裁判中: 10. (ヘルモゲネスによると)ソクラテスはそのように認識していたので、告発者たちに「国家の認める神々を認めず、新奇な神霊を導入し、若者たちを堕落させた」と告発された際、次のように語った。 11. 「諸君、自分はまずメレトスが何を根拠に「国家の認める神々を信じない」と主張しているのか不思議だ。なぜなら、自分が公共の祭りの際に、公共の祭壇で犠牲を捧げている姿は、他の人々も見ているからだ。 12. さらに、何をすべきか示す神の「声」が自分に現れることが、どうして「新奇な神霊を導入している」ことになるのか。鳥の鳴き「声」や、行きずりの人の「声」で占いを行う者もいるし、(ゼウスが操る)雷鳴の「声」が最大の前兆であることに異を唱える者はいないし、デルポイの神託所で三脚椅子に座っている巫女もまた「声」によって神からの知らせを伝えているのだから。 13. また神は将来のことを知っており、望む者にそれを「事前に示す」ことも、誰もが認めるところであり、その「媒介するもの」を他者は「鳥」「言葉」「予兆」「予言者」等と名付けるのに対して、自分はそれを「ダイモニオン(神霊的なもの)」と呼ぶのであり、神々の力を「鳥」に帰するような人々よりは、真実かつ敬虔に表現できていると思う。さらに、自分が神に対して偽りを言っていない証拠として、今まで実に多くの友人たちに神からの助言を告げたが、どれ一つとして間違ったこと無かったという事実を、挙げることができる。」 14. それを聞いて、裁判官の内のある者はその話を信じず、またある者はソクラテスへの神々の恩恵に嫉妬し、騒ぎ立てたが、ソクラテスは更に、カイレポンがデルポイのアポロン神託所でソクラテスについて尋ね、アポロン(神託所の巫女)が「人間の中で、ソクラテスよりも自由で、正しく、節度(思慮)ある者はいない」と答えた話を披露した。 15. それを聞いて裁判官たちがより一層騒ぎ立てる中、ソクラテスは続けて、(ラケダイモン(スパルタ)の伝説的立法者である)リュクルゴスは、神託で「神と呼ぶべきか、人間と呼ぶべきか」とまで言われたのであり、自分はそれほどすごくはなかったが、神は自分を「他の人間たちよりはずっと優れている」と判断したのだとしつつ、その神託の内容を吟味・検証してみることを要求する。 16. すなわち、ソクラテスほど「肉体的欲求に囚われず」「贈物も報酬も受け取らず、自分の現在の持ち物に満足し」「言葉を理解し始めた幼少から、何であれ可能な限りの善きものを探求・学習し続け」てきた、つまりは「自由・正しさ・知恵の条件を満たす生き方」をしてきた者は、他にいるか問うた。 17. そして更に、「徳を目指す国内外の人々の多くが、他の誰よりもソクラテスと付き合うことを選ぶ」のも、そのことについての証拠として挙げた。また「ソクラテスが貧しくて返礼を期待できないと知っていながら、多くの人々が感謝して贈物をしようとする」のは、何が原因であるかとも。 18. 更に「ペロポネソス戦争末期にスパルタに包囲された際、アテナイの人々は自らの境遇を憐れんでいたのに、ソクラテスは何ら生活に困らなかった」のは何が原因か、「他の人々はアゴラ(市場)からおいしいものを高値で手に入れるが、ソクラテスは出費無く魂から彼らより快いものを考え出せている」のは何が原因かとも。そしてこうしたことに対して誰も反駁・反証できないならば、ソクラテスが神々からも人間からも賞賛されるのは正当だと述べた。 19. そしてソクラテスは、メレトスに向かって、以上のようなことによって、ソクラテスが「若者たちを堕落させている」と主張するのか問うた。更に実際ソクラテスによって「敬虔から不敬虔へ」「節度から横柄へ」「慎みから浪費へ」「適度な飲酒から大酒飲みへ」「勤勉から軟弱へ」等、劣悪な快楽へと堕落させられてしまったような若者を知っているのかとも。 20. メレトスは、「ソクラテスが、親よりもソクラテスに従うよう説き伏せた若者たち」がいることは知っていると答える。ソクラテスは「教育」に関してはその通りだと認めつつ、「健康に関しては親よりも医者」「軍事に関しては親兄弟よりも将軍」に従うのではないか問うと、メレトスも同意した。 21. するとソクラテスは、そのように「他の活動では、最も有能とされる人々が尊重されている」のに、「教育」について最も優れているとある人々に選ばれている自分が、それ故に死罪で訴えられるのは驚くべきことではないかと、メレトスに問うた。 22. 更に多くのことが、ソクラテス自身と、弁護する友人たちによって語られたが、私(クセノポン)は、(他の人々のように)裁判の全容を述べることを望んでいるのではなく、次のことを明らかに出来さえすれば十分だった。すなわち、「ソクラテスが、神々に対して不敬虔なことをせず、人間に対しても不正であると思われないことを、尊重していたこと」と、 23. 他方で「端から死を免れるように懇願せねばならないとは思っておらず、自分にとって死ぬにはちょうどいい時であるとさえ、考えていたこと」を。彼がそう認識していたことは、次のことから一層明らかになった。すなわち、「有罪が確定した後、刑量を争う段階になった際に、「刑を申し出ることは、不正を認めること」だとして、それをあえて拒絶したし、友人たちにもそれを許可しなかったこと」と、「死刑確定後に友人たちが脱獄をさせようとしたが、それもあえて拒絶し、「どこかに死が近づかない場所などあるのか」と、彼らをからかうようなことを言いさえしたこと」によって。 裁判後:ソクラテスに対する判決が確定。ソクラテスは周囲の自分の思いを述べる。クセノポンはその状況を客観的に描き出しつつ、自信のソクラテスへの想い・評価を添える。
クセノポン
クセノポン
ギリシア

著者の概要

ジャンル

[ "歴史学", "西洋歴史学", "ローマ歴史学", "哲学", "西洋哲学", "古代ギリシア・ローマ哲学", "西洋古代・中世歴史学" ]

著者紹介

古代ギリシア・アテナイの軍人、哲学者、著述家。アテナイの騎士階級の出身で、ソクラテスの弟子(友人)の1人でもあった。