善の研究
『 善の研究 』
西田幾多郎
1911
日本近代哲学

名著の概要

ジャンル

[ "哲学", "東洋哲学", "日本哲学", "その他日本哲学", "日本近代哲学" ]

テーマ

世界について 人間について 人生について 善とは何か

概要

観念論と唯物論の対立などの哲学上の根本問題の解決を純粋経験に求め、主客合一などを説いて、知識・道徳・宗教の一切を基礎づけようとした。

目次

内容

西田は、近代の西洋哲学が確立させた、認識する主体/認識される客体という二元論を乗りこえるべく、「純粋経験」という概念を考案した。主体と客体は抽象化の産物にすぎず、実際に我々にもともと与えらえた直接的な経験には、主体も客体もなく、主客未分の純粋な経験がまず根源にあるとした。そこからさまざまな判断や抽象化を経て、主/客の図式ができあがる。 この立場から世界を見つめなおすと、「善/悪」「一/多」「愛/知」「生/死」といった様々なに二項対立は、一見矛盾しているようにみえて、実は「一なるもの」の側面であり、「働き」であることがわかるという。 「善とは一言にていえば人格の実現である」 「衝突矛盾のあるところに精神あり、精神のあるところには矛盾衝突がある」 「自己が創造的となるということは、自己が世界から離れることではない、自己が創造的世界の作業的要素となることである」
西田幾多郎
西田幾多郎
日本

著者の概要

ジャンル

[ "哲学", "東洋哲学", "日本哲学", "その他近世日本哲学", "日本近代哲学" ]

著者紹介

日本を代表する哲学者である。京都大学名誉教授。 東京帝国大学(現在の東京大学)選科に入学し、本格的に哲学を学ぶ。故郷に戻り、教職を得るが、学校内での内紛で失職するなど、在職校を点々とする。 自身は苦難に遭ったときは海に出かけることで心を静めたという。世俗的な苦悩からの脱出を求めていた彼は、高校の同級生である鈴木大拙の影響で、禅に打ち込むようになる。20代後半の時から十数年間徹底的に修学・修行した。この時期よく円相図(丸)を好んで描いていたという。その後は、哲学以外にも、物理・生物・文学など、幅広い分野で、学問の神髄を掴み取ろうとした。京都帝国大学教授時代は、18年間、教鞭を執り、三木清、西谷啓治など多くの哲学者を育て上げている。 郷里に近い国泰寺での参禅経験(居士号は寸心)と近代哲学を基礎に、仏教思想、西洋哲学をより根本的な地点から融合させようとした。その思索は禅仏教の「無の境地」を哲学論理化した純粋経験論から、その純粋経験を自覚する事によって自己発展していく自覚論、そして、その自覚など、意識の存在する場としての場の論理論、最終的にその場が宗教的・道徳的に統合される絶対矛盾的自己同一論へと展開していった。