『 文明論之概略 』
1875
日本近代哲学
名著の概要
ジャンル
[
"哲学",
"東洋哲学",
"日本哲学",
"その他日本哲学",
"政治学",
"東洋政治学",
"日本近代政治学",
"社会学",
"東洋社会学",
"日本近代社会学",
"日本近代哲学"
]
テーマ
文明とは
概要
全6巻10章より成る。 西洋と日本の文明を比較した文明論説で、1877年刊行の田口卯吉(鼎軒)『日本開化小史』と共に、明治初期(文明開化期)の在野史学における代表的な著作とされる。
目次
内容
緒 言
巻之一
第一章 議論の本位を定る事
第二章 西洋の文明を目的とする事
第三章 文明の本旨を論ず
巻之二
第四章 一国人民の智徳を論ず
第五章 前論の続
巻之三
第六章 智徳の弁
巻之四
第七章 智徳の行わるべき時代と場所とを論ず
第八章 西洋文明の由来
巻之五
第九章 日本文明の由来
巻之六
第十章 自国の独立を論ず
福沢諭吉
日本
著者の概要
ジャンル
[
"哲学",
"東洋哲学",
"日本哲学",
"その他近世日本哲学",
"政治学",
"東洋政治学",
"日本近代政治学",
"社会学",
"東洋社会学",
"日本近代社会学",
"日本近代哲学"
]
著者紹介
日本の武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。
慶應義塾(旧:蘭学塾、現在の慶應義塾大学はじめ系列校)の創設者であり、商法講習所(のちの一橋大学)、神戸商業講習所(のちの神戸商業高校)、北里柴三郎の伝染病研究所(現:東京大学医科学研究所)、土筆ヶ岡養生園(現:東京大学医科学研究所附属病院)の創設にも尽力した。新聞『時事新報』の創刊者。ほかに東京学士会院(現:日本学士院)初代会長を務めた。そうした業績を基に「明治六大教育家」として列される。
福澤の学問的・思想的源流に当たるのは亀井南冥や荻生徂徠であり、諭吉の師・白石照山は陽明学や朱子学も修めていたが亀井学の思想に重きを置いていた。したがって、諭吉の学問の基本には儒学が根ざしており、その学統は白石照山・野本百厳・帆足万里を経て、祖父・兵左衛門も門を叩いた三浦梅園にまでさかのぼることができる。のちに蘭学の道を経て思想家となる過程にも、この学統が原点にある。
『文明論之概略』は新井白石の『読史余論』から影響を受けており、維新の動乱の最中、程度の高い成人向けに「なかんずく儒教流の故老に訴えてその賛成をうる」ことを目的とし、西郷南州なども通読したることになった。
諭吉の代表的な言葉で戒名にも用いられた言葉が「独立自尊」である。その意味は「心身の独立を全うし、自らその身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ」(『修身要領』第二条)。