
『 韓非子 』
紀元前3世紀
諸子百家
名著の概要
ジャンル
[
"哲学",
"東洋哲学",
"諸子百家",
"中国哲学"
]
テーマ
世界について
人間について
人生について
法について
概要
法家である韓非の著書。内容は春秋戦国時代の思想・社会の集大成と分析とも言えるものである。 後世では、蜀漢の丞相の諸葛亮が幼帝劉禅の教材として韓非子を献上している。
目次
内容
韓非は百家争鳴と呼ばれる中国思想史の全盛期に生まれた政治家である。書中では分かり易い説話から教訓を引き、徹底的に権力の扱い方とその保持について説いている。
韓非は性悪説を説く儒家の荀子に学んだといわれ、非違の行いを礼による徳化で矯正するとした荀子の考えに対し、法によって抑えるべきだと主張した。
分断され乱脈化した君主の権力を法によって一元化し、体系化することにより強国になるべきだと考えたのである。
これら韓非子の思想は、皮肉なことに韓非子の出身国である韓ではなく、敵対する秦の始皇帝によって高く評価された。これは秦の孝公の時代に商鞅が法家思想による君主独裁権の確立を済ませていた事が大きく作用している。

韓非子
中国
著者の概要
ジャンル
[
"哲学",
"東洋哲学",
"諸子百家",
"中国哲学"
]
著者紹介
中国戦国時代の思想家。『韓非子』の著者。法家の代表的人物。
『史記』によれば、出自は韓の公子であり、後に秦の宰相となった李斯とともに荀子に学んだとされ、これが通説となっている。
故郷が秦にやがて併呑されそうな勢いでありながら、用いられない我が身を嘆き、自らの思想を形にして残そうとしたのが現在『韓非子』といわれる著作である。
韓非の生涯で転機となったのは、隣国秦への使者となったことであった。以前に韓非の文章(おそらく「五蠹」編と「孤憤」編)を読んで敬服するところのあった秦王はこのとき、韓非を登用しようと考えたが、李斯は韓非の才能が自分の地位を脅かすことを恐れて王に讒言した。このため韓非は牢につながれ、獄中、李斯が毒薬を届けて自殺を促し、韓非はこれに従ったという。